制度の変遷が教えてくれるNISAの賢い使い方(下)

前回は、2014年の誕生からこれまでにかけてのNISA制度の変遷を振り返りました。この変遷の経緯の中に、2024年からスタートする「新しいNISA」を上手く使いこなすための大きなヒントがあるのです。

 

つみたてNISAが出来た理由が大切

NISAは、何れの制度にあっても、国民に投資による資産の形成を促し、これを後押しする趣旨のものです。

 

そう考えると、例えば、2014年にスタートしたオリジナルのNISAを少しずつ手直しして使うと良かったのではないかという疑問が湧きます。

 

「ロールオーバー」と呼ばれる複雑な継続の仕組みを作るなど、金融庁も当初はそのつもりだったのではないでしょうか。このNISAで良ければ、利用できる金額を拡大したり、非課税の期間を延ばしたりしつつ、制度の恒久化に向かうことで良かったはずです。

 

ところが、金融庁が予想しなかった事態が起こります。

 

率直に言って、オリジナルのNISAで顧客から集めたお金に対して、金融機関が、長期投資に適さない分配金が大きくて手数料の高い(販売手数料3%、運用管理費用年率1.5%以上など)他分配型の投資信託を顧客に売りつけたり、果ては、NISA口座の中で手数料稼ぎのための投資信託の乗り換えの勧誘を行うようなケースが頻発したのです。これでは、国民の長期的な資産形成を後押しするNISA制度の趣旨に叶いません。

 

一言で言うと、「金融機関の営業の行儀が悪すぎた!」ということです。このことに対する「怒り」と、今度こそ正しい長期投資で資産形成ができる制度を作るのだという「決意」から、金融庁は新しい制度として、つみたてNISAを投入したと考えられます(「怒り」と「決意」は筆者の推測ですが、事実に合っていると思われます)。

 

 

つみたてNISAは、制度として「屋上屋」に見えることや、前回述べたように癖の強い制度であることから、登場する際には、幾つかの批判に晒されました。

 

特に、対象となる運用商品を金融庁が選定する点について、「投資家の選択肢が狭まる」、「運用業界の自由な創意工夫を損なう」、「行政の過剰介入だ」といった意見が金融業界や業界の利益に立場の近い論者達から反対意見が出ました。

 

例えば、投資家の選択肢が狭まることは、その通りです。批判には、正論に聞こえる面もありました。

 

しかし、現実問題としては選択肢が多すぎると利用者が選択を間違える可能性が高まり、それ以上に金融業者による高手数料商品への顧客誘導が行われる可能性が大きいと見られたこともあって、「商品選定は金融庁が行う」という点について、金融庁は譲ることなく制度として実現しました。

 

この、いわば「強行突破」は結果的に大成功で、つみたてNISAの投資家の多くが、手数料の安いインデックス投信を選んで長期投資を行うことになりました。

 

つみたてNISAの利益非課税期間は20年ですが、この期間の途中に口座内に保有している投資信託の一部ないし全部を解約して換金してしまうと、この税制優遇枠は復活しません。こうしたこともあって、つみたてNISAの投資家の多くがインデックス投信をじっと持つことになりました。結果として、「長期・分散・低コスト」の投資の3原則を守る運用が実践できるようになりました。

 

また、この商品制限があるおかげで、多くの運用会社がこの制限に合致する商品を投入するようになったことに加えて、インデックス投信にあっては、運用管理費用の引き下げ競争を誘発するきっかけとなりました。

 

結果的に、多くの投資家にインデックス投信による運用が普及すると共に、商品としてのインデックス投信が改善したので、「金融庁の怒り」は日本の投資家の資産形成に大いに役に立ったと評価していいでしょう。

 

「新しいNISA」への教訓

 

「新しいNISA」では、年間の投資枠として総額が360万円あります。そのうち120万円は今の積立NISAに準ずる積立投資の枠で、残りの240万円については「成長投資枠」という名前で、今の一般NISAの投資制限に準ずると推測される投資が可能になります。

 

そして、一人の投資残高は上限が1800万円となり、その内数として「成長投資枠」が上限1200万円迄として管理されます。

 

ところで、この「成長投資枠」ですが、これは金融業界が「つみたて枠の商品では儲からないので、もっと儲かる商品を売ることが出来る利益非課税投資の枠を大きく作って欲しい」と行政や政治家に要望し、いわゆるロビー活動を行った結果設けられたものです(大方の予想よりも大きな金額で登場しました)。

 

筆者の推測ですが、金融庁としては、投資家が個別株の投資に積極的に取り組むことを後押ししたいという意図があったことに加えて、これまで一般NISAで投資家が保有してきた個別の株式(有名な銘柄や配当利回りの高い銘柄に偏りがあります)の言わば「受け皿」を作る必要があったことから、一般NISAを引き継ぐような「成長投資枠」を設けざるを得ない事情がありました。

 

しかし、同時に、これまでの40万円の3倍となる年間120万円の投資枠でつみたてNISA的な運用を残した、つみたてNISA的な運用の普及に向けた「執念」にも注目すべきでしょう。

 

今や「幻」となった「二階建てNISA」でも年間20万円分の利用を義務づけていたように、金融庁としては「つみたてNISAで勧めているような運用を投資家に普及したい」という強い意思を持っていると言えそうです。そして、この意思は、運用の考え方として100%正しい。

 

つみたてNISAが登場する際、金融庁は適格運用商品の選定について、「長期投資に適した商品を選定した」と説明しました。長期投資に適した商品とは、投資の内容が偏りなく広く分散されていて、運用管理の手数料が安い商品です。世界の株式に広く投資するインデックス・ファンドなどが、これに該当します。

 

ここで、読者には、「長期投資に向いた商品」以外に、「短期の投資」あるいは「超長期の投資」に向いた商品があるかどうかを考えて見て欲しいと思います。

 

運用の期間が5年、3年、あるいは1年だったとしても、「その時に特にいい商品」を選ぶことは、投資家には無理ですし、実は運用会社などの運用のプロにも無理なのです。結局出来ることのベストは、「長期投資にいい商品」を短期の投資でも持っていることにならざるを得ません。この事情は、20年を超えるような「超長期投資」にあっても同じです。

 

つまり、「長期投資に不向き」であるとして金融庁に除外されるような商品は、「短期投資」「超長期投資」でもダメなのです。

 

「新しいNISA」の利用にあっては、「成長投資枠」という言葉に惑わされずに、成長投資枠にあっても、つみたて投資枠と同様の商品を選定することが正解になります。

 

対面営業の金融機関と取引している方は、成長投資枠でつみたて投資枠とは異なる商品を勧められる可能性がありますが、一切無視していいでしょう。金融機関の側に「特に成長する商品」を選ぶ能力など無いからです(あるなら、顧客に教えるのではなくて、自分で投資するはずです)。わざわざ時間と手間を掛けて検討する必要はありません。

 

また、今後に登場するマネー本やメディアの特集記事では、「新しいNISA」を扱う際に、「つみたて投資枠と成長投資枠は、それぞれどんな商品を選ぶのがいいか」という枠組みで書かれることが多いと予想されます。こうした問いに答えて、成長投資枠でつみたて投資の対象商品よりも良い運用が出来るかのように書かれていたり、「…というような運用も考えられる」と曖昧に回答していたりする場合、本の著者やインタビューされた識者は、運用について深く分かっていないか、ビジネス上の都合で金融機関に迎合しているいるかのどちらかです。信用しない方がいいでしょう。

 

具体的には、上限360万円までの枠内で投資可能な金額について、全世界の株式(出来れば含む日本株)に投資するインデックス投信で運用管理費用(信託報酬率)が安いもの一本に絞って投資するのが分かりやすいと同時にほぼ最善の運用になるでしょう。

 

金融庁が2018年に、なぜつみたてNISAのような癖の強い制度をわざわざ作るに至った事情に思いを馳せてみましょう。「成長投資枠」という耳障りのいい言葉に気を取られてはいけません。

 

山崎元 経済評論家・マイベンチマーク代表

経済評論家、株式会社マイベンチマーク代表。1958年北海道生。81年東大経卒。三菱商事に入社、以後、野村投信、住友信託銀行、メリルリンチ証券、UFJ総研など12回の転職を経て楽天証券に入社。資産運用を専門に広く経済分析で活動。著書多数。

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